北海道はフロンティア 気になる閑話

明治維新そして北海道開拓150年で変わったのは

投稿日:2019年1月10日 更新日:

こんにちは!ノアです。
「そだね~」
が昨年の流行語大賞になりました。

 

でも北海道弁として
広く知られたこの言葉

 

無粋なことを言うなら
北海道の一部でしか
使われていないって
知っていますか?

 

開拓150年

今年は明治維新150年ですが
同時に北海道は開拓150年です。

 

北海道には江戸時代から
松前藩という小さい藩が
一つだけありました。

 

函館市の並びです。
函館市は幕府の直轄地。

 

この北海道の南にあった
二か所以外は

クマとキツネとアイヌの人たちと
つまり記録のない土地でした。

 

そこに150年前、
日本各地から
開拓に入った人たちは

厳しい自然と闘いながら
北海道を今の姿に
したわけです。

 

幾つかの町は
○○藩の分家が開拓に入ったり

屯田兵として
入植した人たちによって
発展してきました。

 

また罪人として
流されてきた人たちが
作った道路や
開拓した街もあります。

 

さらにこれらの人たちと一緒に
一旗揚げようと流れてきた

次男、三男、四男・・・・
山師などの野心家

 

彼らを追ってきた女たちも
入ってきました。

 

北海道は今も
一か所が県規模の広さを持つ
行政区が14か所あります。

 

開拓する気持ちがあれば
土地は幾らでもありました。

 

行政区と地形

北海道地図で
目につくのは
行政区の分け方です。

 

南の平野部から
延々と北に延びている行政区もあれば
海岸線をどこまでも辿る行政区もあり

これらを仕切っているのは
ほとんどが山脈です。

 

本州はとんでもない山奥に
人家があったり

隠れ里などの集落が
あったりしますが

 

北海道では旧産炭地
鉱山など以外は
そのような山奥の
集落がありません。

 

条件が悪い山奥に
集落を作る必要がなかった
ということでしょう。

 

自然と闘うにも
少しでも条件がいい

平野部が選ばれたことが
はっきりとわかる
地図になっています。

 

ニシン漁で栄えた日本海側

日本海側は
各地からニシン漁の人たちが
入ってきていました。

 

面白いのは
海から入ってきた人たちが
上陸した地に点々と集落を作り

 

わずか4キロしか離れていない地域でも
ほかの地域から入った集落の人たちとは
ほとんど交流がなかったことです。

 

 

ほかの地域と交流がなくても
生活が成り立っていたと
いうことでしょうか。

 

 

冬は厳しい自然の中で
助け合わなければ
死んでしまうという土地です。

それでも仲間内だけで
生活が成り立っていました。

 

 

明治維新があって
○○藩で仕切られていた世界から

いきなり広大な大地に
移ったわけですから

目に見えない境界線が
自然と生まれたのかも
しれません。

 

異なる風習の行き着くところ

このように
北海道は開拓時代に

色々な規模で
異なる地域から入植しました。

 

同じところからきて
ひとつの村になったところ

 

各地に点々と入植して
行政区ができて
ひとつの市になったところ。

 

ひと山当てようと
単身で鉱山に入ってきた人で
作られた町。

 

隣り同士でも
まったく違う文化や風習の
寄せ集めです。

 

それぞれの町が
今でも生まれ故郷の風習に

北海道の気候風土を合わせて
違う風習を持っています。

 

今はネット網や
人の交流も進み

だんだん境が
なくなってきている
ように見えますが、

 

ご多分に漏れず
平成の大合併が
なかなか進まなかった原因は

どうやら北海道の
開拓の経緯や歴史と
深いかかわりがありそうです。

 

みなさんも北海道に
行く機会があったら

こんなふうに
ちょっと違った切り口で見ると

面白い旅ができるかも
しれませんよ。

 

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