社会は人の支え合いでできている

操られた心は人生を変えてしまう

投稿日:2018年11月22日 更新日:

こんにちは!ノアです。
自分の意に反して
気持が支配されてしまう。

恐ろしいことです。

 

逆らえない

テレビで信じられない動画が
流れていました。

社員の顔を煮えている
鍋につけるという動画です。

 

しかも周囲は止めもしないで
逆にはやし立てる始末。

 

驚愕を通り越して
怒りを覚えました。

 

加害者と被害者が
職場の上司と部下の
関係にあったことから

パワハラという言葉が
使われていましたが

これは誰が見ても
傷害事件です。

 

加害者ははじめは
被害者本人が自主的に
鍋に顔をつけたかを装い

挙句の果てに
悪ふざけだったと
弁解していました。

 

匿名性がない場で
さすがにまずいことをしたと
思ったのでしょうか。

 

そもそも
悪ふざけと言えば
許されると思っていることにも
呆れてしまいました。

 

あるいはこのような時

被害者はなぜ
逆らわなかったのか
という人もいます。

 

要求されたことに
逆らうことができないと
思ってしまう気持を

弱いからとかバカだとか
言う人もいるかもしれません。

 

しかし現実に
逃れられない気持ちに
コントロールされてしまうことが
あります。

 

あおり運転の恐怖

あおり運転も
ある死亡事故をきっかけに
やっと問題にされました。

 

私もドライバーですが
何度かあおり運転で
こわい目に遭っています。

 

初体験は車の免許を取得して
3年目の時でした。

あおられてなお
対向車と歩行者だけは
確認しながら

10キロ近い距離を逃げ続け
幸いそのあたりは
良く知っている地域だったので

交番の位置を頭に思い浮かべ
走りました。

 

その時交番よりも
近くに自宅があり、

家族もいましたが
自宅を知られるのが怖く

 

途中で一度
コンビニの駐車場に
飛び込みましたが

相手の車もすぐ隣に
止まったので

怖くて車から
出られませんでした。

 

コンビニの駐車場を出ると
追いかけてこなかったので
安心したところで

相手の車はすごい勢いで
駐車場から出てくると
また後にぴたりとついて
パッシングを繰り返されました。

 

とにかく異常なしつこさで
追いかけられたのです。

 

何よりもその
粘着性が不気味でした。

 

交番にたどり着いて
警官が飛び出してくるのを見て
やっと相手は去っていきました。

 

交番に飛び込んだ時
警察官に

(携帯電話がなかった時代です。)

 

「どこかに止まって
110番したら良かったのに」

 

と言われたことが
忘れられません。

 

それは路上でからまれている時に
判断のすべてを
防御することに使っているのに

 

「どうしてそこの電話ボックスから
110番しなかったのか」

 

と言われるのと同じだったからです。

 

電話ボックスに逃げ込めるか?
110番しているうちに
相手につかまらないか?

 

そう思い込まされる異常性は
恐怖以外の何ものでもないのです。

 

 

挑発の業

仕事で反社会的勢力の人と
話したこともありました。

 

クライエントのことで
アポもなしに来たその人は

 

「Xの担当はあんたか?」

 

いきなりクライエントを
呼び捨てにして
私をじろじろと見ました。

 

妙な威圧感はありましたが
職場の面接室のドアは
開けたままにしていたので

同僚たちがそれとなく
様子をうかがっているのもわかり

 

私は冷静を保つことができました。

 

「Xが引っ越すんだが」

「連絡はいただいています。」

「あんた面倒見てくれるんだろうな」

「その予定で、
準備をしています。」

「面倒見なかったら
ひどい目に遭わすぞ」

 

いやいや、

面倒見るって言ってるし。

 

ひどい目ってなんだか
よくわかんないけど。

 

「あのXさんとは
どういうご関係ですか?」

「どういう関係?
お前に関係ないだろう!」

いやいや
彼氏だったりしたら
関係あるし。

 

「Xさんのことを
心配して来られたことを

私からもXさんに
お伝えしますから、
お名前をうかがえませんか?」

 

「Fというものだ」

 

そこは答えるんだ。

 

Xさんに恩が売れるのかな?

 

「Xの引っ越し、
面倒見ろよ!あん?」

 

そもそも頭ごなしで
威圧的な言い方だったのですが

 

「わかってるのか!てめえ!」

 

すごいなと思ったのは
話しているこちらが

だんだん挑発されて
私の中に怒りがわいてくるのです。

 

「わかっていますから。」

「面倒見なかったらどうなるか
わかってるんだろうな!」

 

このような人は
いったいどうやって

こうして相手を挑発する術を
身に着けるのかと思うと

私も少し
理性を呼び覚ましました。

にっこり笑って

「ご心配なく。ちゃんとしますから。
後日、何か不備がありましたら
また、いらしてください。」

そう答えてお帰り頂きました。

 

Xさんには転居の支援のことは
すでに伝えていましたので

 

私としては

で、彼は何をしに来たんだ???

だったのですが、

 

Xさんに「おれが言ってきてやるから」
(何を??ではありましたが)

 

ということだったのでしょうか。

 

これで相手の要求に
こちらが対応しないとなったら
警察を呼ぶことになったでしょう。

 

後日、私は新聞で
彼の名前を見ました。

反社会勢力の構成員であること

覚せい剤使用と傷害で
逮捕されたという記事でした。

 

心の支配

私の体験は、
ごく短時間で植え付けられた
恐怖だったり

挑発された怒りでしたが、

 

鍋事件のようなパワハラや
学校でのいじめ、
DVなどは

ある程度の時間をかけて
繰り返されていく中で

 

被害者の心を蝕み
相手に逆らえなくなってしまう
状態を作ります。

 

加害者の正当性の主張と
徹底した被害者の人格否定が

被害者から正常な判断を
奪っていってしまうのです。

 

DV被害者などは
長期間被害に遭っていると
悪いのは自分の方だと思い込み

 

間違えないためには
どうしたらいいのかと
模索することになります。

 

自分は間違っているから
言うことを聞いているのが一番いい

 

その方が少しでも
傷つけられなくて済む

 

という思考で
安定を図ろうとしたり

 

怒っていない時は優しいから
本当は優しい人なのだと
思ったりします。

 

こうなると自分で抜け出すのは
困難になっています。

 

周囲の人が気が付いて
手を差し伸べるときは

援助者が一人で支援するのは
なかなか困難です。

 

一人で何とかしようと思わないで

心理カウンセラーなど
専門家に協力を求めることを
お勧めします。

 

 

 

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