介護を知りたい 高齢者の生活 家族にできること

リハビリテーションを頑張ればきっと生活が変わる

こんにちは!ノアです。

私の母は

急性期病棟に緊急入院し
寝たきり状態を経て

リハビリテーションをするため
回復期病棟を持つ病院に
転院することができました。

リハビリテーションのかいあって
寝たきり状態を脱したので

次の段階として
リハビリテーションを提供する
介護老人保健施設に入所しました。

今回はリハビリテーションの説明と
施設での生活などをお話します。

こちらの記事は
【高齢者に家族としてできること】
のひとつです。

この前後のお話は こちら からご覧ください。

 

訪問リハビリテーション

リハビリテーションには
在宅で利用できる
訪問リハビリテーションと

施設や病院で利用できる
リハビリテーションがあります。

介護老人保健施設
(今後は老健と表現します。)に
入所した時に私の母は82歳でした。

家にいた時は
介護保険を利用して
一人で生活していました。

ベットに起き上がって
ベットに着けた手すりを使い

誰の助けもなく
車椅子に乗り移っていましたが、

足にあまり力が入らないので
身体を支えるのは
腕や手の力が中心でした。

車椅子でトイレに行って
自分で便器に移ることもできました。

これらはすべて
訪問してくれていた
リハビリテーションの先生が

体の使い方のコツを教えてくれて
実際に練習をしたり

使いやすい手すりの形
一番適した手すりの位置

有効な手すりの高さを
検討してくれたからできたことです。

また入浴も手すりの位置を
慎重に検討して設置、

車椅子から手すりを使って立ち、

ヘルパーさんに支えてもらって
浴室の椅子に座ることで

普通の浴室でシャワー浴ができました。

家に帰るということは
ここまでできるようになる
必要があったのです。

 

施設でのリハビリテーション

老健ではベットの上や
車椅子に座っている時間を
少しづつ延長して
お腹や腰の安定を図りました。

一度寝たきり状態が続いた高齢者は
ただ座っているだけのことが
本当に大変です。

リハビリテーションも
専門のスタッフが付いて
毎日バーを使い訓練をしてくれました。

食事も座っていることができなければ
食べるのが大変です。

また食べることそのものも
訓練のひとつです。

言語聴覚士がいる老健では
食事の時間に言語聴覚士が

飲み込みに問題がある入所者の
食事の様子を観察しています。

一度に口に入れる食べ物の
量は多すぎないか
咽ていないか
食べる速さはどうか。

これらの情報は
訓練に活かされていきます。

幸いなことに母は
回復期病棟での訓練の成果で

食事時間くらいは
車椅子に座っていられるまでに
回復していたので

食事は食堂で問題なく
食べることができていました。

7月末に入所して
8月までは毎週
様子を見に行きました。

はじめは私たちを
横になったまま
迎えることもありましたが

8月下旬には
常に車いすに座って
いるようになりました。

 

そのほかの訓練

座っている時間が安定すると
自分で車椅子を動かし
室内を移動したり

車椅子の乗り降りの
訓練をします。

車椅子の乗り降りが
できるようになると

介助なしでトイレの利用が
できるようになるのです。

施設では一時期
おむつはずしの試みが
全国的にされていました。

介助する側は

利用者がおむつをしていて
決まった時間に交換する方が
仕事の流れとしてスムースですが

それが本人にとっては苦痛であり
人間の尊厳を踏みにじるこということで、

施設も努力をして

日中は寝たきりでなければ
介助してトイレを使用するというのが

通常の流れになっています。

色々と心配のあった母でしたが
8月末にはトイレも介助で
普通に使用できるようになっていました。

「お母さま素晴らしい声ですね」

施設に行った時に
玄関で会った相談員に
突然そう言われたのは
10月頃だったでしょうか。

「機能訓練室で歌ってるんですよ。
初めて聞いた時は
聞いたことのない音楽だったので

珍しいCDをかけているなと思って
見に行ってみたら

お母さまが訓練室のバーにつかまって
音楽療法の先生の伴奏で歌っていたんです。

声もロビー中に響いていて」

「そうなんですか?
私には何も言っていなかったので」

「リハビリテーションで

何がしたいかご本人に聞いたところ、
また歌えるようになりたいと希望されて、

言語聴覚士が音楽療法の先生と一緒に
リハビリテーションをしています。」

私は驚きました。
歌いたいと言った母にではなく

そこまで対応してくれる施設に対してです。

「事務室にも聞こえるので
事務の者も水曜日の
お母さまの訓練を楽しみにしています。」

そこまで言ってもらい

私にとっては
母がまた歌いたいと言い出した
その復活ぶりが

母にとっては
また歌えるようになりたいと希望して
全面的にバックアップを
してもらえることが

これは春から頑張ってきた
御褒美だと心から思う出来事でした。

 

家族の気持ち

母がいた施設は
自然公園の入り口にありました。

木々が色づく10月末に
私は車椅子を押して
母を散歩に連れ出しました。

その頃の私は
春から不安なことが次々とあり

夜も安心して眠れなかったり

いつ母が急変したと
連絡が入るかわからないと

張り詰めた気持ちで
日々を過ごしたり

そんな期間を経て
一時的ではあっても
母が施設にいてくれることが

こんなにも私自身の心の安定に
なっているということに

気が付くと同時に
自分でも驚いていました。

秋の風と暖かい日差しと

何を話すでもなく
車椅子を押して
わずか100メートルくらいの往復

森の入り口まで行って戻る
それだけの散歩でした。

もうこんな日は来ないかもと
思っていたこと

春からのことを考えると
このような時間は
これが最後でも
おかしくないということ

そんなことを考えながら

母自身が何をどう思っていたのか
私は聞きませんでした。

たぶんそれは私にとって
あまり重要なことでは
なかったのだと思います。

当面は課題である
身体の機能の回復を

強制されるでもなく
期間を区切られるでもなく

本人のペースで
試みることができる

それが一番大切なこと
だったのではないかと
今はそう思います。

幾つものトラブルや
理不尽な思いも

まあ、この状態まで来られたから
良しとしようか
そんな気持ちだったのです。

 

このお話は次回に続きます。

この前後のお話は こちら からご覧ください。

 

 

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