社会は人の支え合いでできている

座っているだけなのに 理事長さん

こんにちは!ノアです。
ある日突然、

思ったことのなかった
誰かの一面を知って
動揺したことありますか?

 

その人の不思議

20年以上前に
ある団体の理事長さんに
出会いました。

その方はもう80歳を
過ぎていましたが、

毎日、地下鉄に乗って
出勤していました。

その業界では
随分大きな功績の
ある人だったようです。

がらがら声の
ちょっと押しが強そうで
気難しい感じの人でした。

私に話すときも、
なんだか横柄な感じの口調で

「私はあなたの会社の
女の子ではなく、
仕事で来ている者です」

と私は心の中で思っていました。

この人は
ある事件でつまづいて
それからはすっかり
その団体で発言権をなくしていました。

それでもその理事長さんは、
毎日、きちんとスーツを着て
地下鉄に乗って出勤し

職場では彼の席があるのかないのか
応接セットのソファに座り

新聞を読んだり
お茶を飲んだりしていたのです。

そこに行くと

唯一の応接セットに
理事長さんがいるので

私はいつも理事長さんと
向かい合うようにして
ソファに座っていました。

そして担当者は
理事長さんの隣に座って

私と話すのでした。

不思議だったのは
それがそこの人たちにとって
当たり前のことのような
雰囲気があったことです。

誰かが仕事のことを
理事長さんに相談する
様子もなければ

仕事の話に
理事長さんが何かを言っても

ちゃんとそれを受け止めて
答えるのです。

いつもいったいこれは
どういうことなのだろうと
思っていました。

 

いっしょに行こうと言われても…

ある日、その団体に仕事で行くと、

いつものように
理事長さんがいました。

担当者と打ち合わせをして
帰ろうとしたところ

「ぼく、もう帰るから。
きみも帰りは地下鉄でしょう?
いっしょに行こう」

と理事長さんに誘われました。

いっしょにと言われても
話題もないし、

でも断る理由もないしで、
私は内心で少し困ったものの

「おっ!理事長!
若い女性とデートですか!」

などという担当者の言葉に
愛想笑いを振りまき
立ち上がりました。

理事長さんは新聞をたたみ
テーブルに手をついて
立ち上がりました。

そしてはじめて
彼が足が少し悪いことを
知ったのです。

考えてみると
私はソファに座っている彼しか
見たことがなかったのです。

身支度をして
ゆっくりと靴を履き
理事長さんは杖を手にしました。

私は駅まで少し
時間がかかりそうだなと思い

その後の予定を
ざっと頭に浮かべました。

時間は大丈夫そうだと判断し
地下鉄駅までゆっくり行く
覚悟をしました。

 

これで解放だ!

当たり障りのない
話をしながら歩く道は
とても遠く感じました。

駅に直結のショッピングセンターの
エスカレーターで地下に降り

地下鉄駅で理事長さんは

「切符買うよね。
ぼく、階段で時間がかかるから
先に行くね」

と定期券をポケットから出して
言いました。

当時の地下鉄駅には
下りのエスカレーターもなく、

ホーム階と改札階を繋ぐ
エレベーターもなく、

足が悪い理事長さんは
階段をゆっくりゆっくりと
降りるしかなかったのです。

その時、私は
「しめた」
と思いました。

これで別行動だ!

私がのんびりと切符を買った時、
私たちが乗る方向の地下鉄が

まもなく到着するという
アナウンスが構内に響きました。

乗り遅れたふりをして、
到着する地下鉄をスルーしよう

そう思いながら
地下鉄の改札を抜け、

ホームに降りる
階段の前に立って、
私は全身が固まりました。

 

ごめんなさい 懺悔します

とっくに階段をおりて
ホームにたどり着いている
とばかり思っていた
理事長さんは、

まだ、階段の最後の一段を
慎重に降りるところでした。

その後ホームに入ってきた地下鉄に
急いで向かうと思っていたのに、

理事長さんは
いつまでも自分に追いついてこない私を
心配したのか振り返ったのです。

階段のうえにいる
私を見つけると、
嬉しそうに
顔をくしゃくしゃにして
手を振ったのでした。

私は急いで
階段をかけおりました。

80歳を過ぎて、
毎日悪い足で

ゆっくりと階段を上り下りして
出勤する理事長さん。

自分も地下鉄に乗りそびれるかもしれないのに、
私が乗り遅れるかもしれないことを
心配してくれた理事長さん。

理事長さんを
スルーしようとした自分が
只々恥ずかしい思いで
いっぱいでした。

だからなのだと思いました。

毎日お茶を飲んで
新聞を読むだけの理事長さんを

職場の人たちが
受け入れているのも

理事長さんの居場所が
そこにちゃんとあるのも

理事長さんがいつも一生懸命で
人の心配も一生懸命に
出来る人だからなのだと。

私の脳裏には今も、
あの時の理事長さんの

安心したような笑顔が
残っています。

 

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