社会は人の支え合いでできている

精一杯のもてなしを 積み重ねられた座蒲団

こんにちは!ノアです。
人の出会いは面白いですね。

ちょっとしたことで知り合ったり
すれ違ったり。

一つ一つの出会いが
かけがえのない奇跡だと
思うのですが、
みなさんはどう思いますか?

 

 第一の衝撃

4軒1棟長屋形式の
古い公営住宅。

 

玄関先で声をかけると
内側の引き戸がすぐに開いて

そこに小柄なおじいさんが
座っていました。

 

第一の衝撃は
すぐに襲ってきました。

 

こちらが挨拶をする暇もなく
彼はすぐに床に手をついて、

「本日はお忙しいところ、
来てくださって
ありがとうございます」

と丁寧に挨拶をしたのです。

 

当時Uさんは83歳。
私はその3分の1くらいしか
生きていない若輩者。

 

私がどんなに慌てたことか、
ご想像いただけると思います。

 

どう対応したものか戸惑う私に

「むさ苦しいところですが、
どうぞお入りください。」

Uさんはさらに言いました。

 

「お邪魔します」

と言って入った室内は

むさ苦しいどころか
綺麗に掃除が行き届き

物もあまりないせいか
むしろカランとして
寂しいくらいでした。

 

4畳半と6畳の
二間しかない狭い家で、
部屋の隅に布団が
綺麗に畳んでありました。

 

後で知ったのですが、
Uさんは布団が重くて

押入れに入れたり
出したりする力が
もうなかったのです。

 

衣類が入っているらしき物も、
プラスチックの3段の引き出し、

食器はカラーボックスに
最低限の小皿や茶碗、箸。

 

冷蔵庫の上に調味料。

 

『むさ苦しい』は

Uさんが訪問者を迎える時の
枕詞のようなものだと
すぐにわかりました。

 

 そして第二の衝撃!

「どうぞ、おかけください」
勧められて視線をやると

 

しょ、笑点⁉️

 

~ 笑点をご存知ですか?
落語家が並んで問題に答え

その答えの良し悪しで
座布団をもらったり
取られたりする

日曜日夕方の長寿番組です。 ~

 

あの光景を思い出すような、
立派な座布団がそれも3枚!!!
重ねて用意されていたのです。

 

「ありがとうございます」
と一枚取ろうとすると

「 そのまま使ってください」

 

えっ?そのまま?

 

「重ねたままで」

この上に、このまま?

 

私がその時に
何を考えたと思いますか?
転げ落ちたらどうしよう…
だったのです。

 

えーえ、座りました、
もちろん!

 

だってそれはUさんの
精一杯のおもてなしだったからです。

 

「長寿のお祝いに、
町がくれたんです。」

「3枚もくれたのですか?」

思わず問い返しました。

 

「70歳、77歳、80歳の時に
1枚づつです。

80歳の時は
町長様が持ってきてくださいました。」

 

ああ、なんておバカなことを
    聞いてしまったのか、私。

 

にしても、町の担当者、
手抜きじゃない?

 

こんなごっつい座布団、
幾つももらって嬉しいか?

担当者はこの座布団をもらったら
嬉しいのか?

 

だからって
紫や黄色のちゃんちゃんこや

大黒頭巾をもらっても
困るかもしれないけど

 

とは、その時の私の心の声です。

Uさんの話

Uさんは樵さんでした。

若い時は力自慢で
米俵1俵(60キロ)は
軽々担いだとか。

 

精一杯働いて
家族を養いました。

 

60歳になった時、
働き者だった奥さんが
病気になりました。
ずっと入院中です。

 

Uさんは毎月2回
休まずにバスに1時間揺られて
奥さんの病院に行っています。

 

「もう、あまりしゃべることもできんとです」

「大変じゃないですか?
お金は息子さんに
支払いに行ってもらったら?」

「いや、大丈夫です。
入院したままでかわいそうだから、
2週間に1回行ってやるくらい
なんでもないです。」

 

実はUさん、
息子さんの奥さんと
折り合いが悪くなり

追い出されるようにして
今の住宅に移ったのです。

 

「息子は息子で忙しいし」

なにもしてくれない息子さんを
それでもかばいました。

 

Uさんはいつも
ヤクルトを用意していてくれました。

 

ヤクルトは単身生活をしている
高齢者の安否確認のために
町が配達を依頼しているものでした。

 

「ありがたいです。
毎日飲んでいます。」
と言いながら

私が行く時は必ず
ヤクルトをとっておいてくれました。

 

私はUさんのところを訪問すると
3枚重ねた座布団に座り

ヤクルトを二人で飲みながら
Uさんの話を聞きました。

 

 

ある日

そのUさんが唐突に

「わし、疲れた」

と言ったのです。

 

「婆さんのところに
行くのも疲れるし
何をしても疲れて」

「お薬はちゃんと
飲んでいますか?」

「飲んでます」

「ご飯も食べていますか?」

「飯炊いて食っとります」

「施設に入る手続きも
できますよ」

「施設は行かんでいいです」

 

何が起きているのか
何を言ったらいいのか
考えあぐねていたところ

 

「すまんです。
心配させるようなことを言って
すまんです」

Uさんはこれ以上
心配をかけまいとするように

突然言うと、

丸めていた背中を
すっと伸ばしました。

 

「大丈夫です。
心配せんでください。
ちょっと風邪ひいたりして。

明日、ばあさんのところに
行ってきます。」

 

Uさんは明るく言うと
いつものように
笑顔を見せてくれました。

 

何か気持ちが変わったのか
強がっているのか
判断できませんでしたが

「困ったことがあったら、
いつでも知らせてくださいね」

と私が言うと

「また、お世話になります。」

Uさんが答えました。

 

Uさんが玄関で
亡くなって見つかったという
知らせをもらったのは
その翌日です。

 

前日言っていたように

奥さんの病院に
行くつもりだったらしく、

病院の支払いのお金を持って
出かける身支度をして
倒れていたとか。

 

知らせを受けた時
私は

『そうか。』

と思いました。

 

昨日のUさんの弱音は
そういうことだったんだ。

 

ですから私にできたのはただ
「お疲れさまでした」
と呟くことだけでした。

 

ええ、Uさんの笑顔は今も
変わらず私の中に残っています。

 

 

 

 

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