旅も色々 楽しみ方も色々 毎日素敵に満ちている

大きな決心や思いがあってもなくても旅に出よう!のすすめ

こんにちは!
ノアです

 

飛行機も新幹線もない時代
それでも人々は旅をしました

今回は旅のお話です

 

天璋院篤姫

私は歴史が好きで

お城を見たり
宿場町の跡を
訪ねたりします

 

近くに篤姫も宿泊したという
宿場町があります

 

古い町並みをよく残す
落ち着いた風情のある
一画です

 

篤姫というと
宮崎あおいさん主演の

NHK大河ドラマで
一躍有名になりました

 

薩摩に生まれ

島津藩主の養女となり

20歳で徳川13代将軍
家定の正妻となった女性です

 

考えるだけで
くらくらしてくるのは

今の鹿児島
当時の薩摩を出てからの

道のりです

 

鹿児島から東京は

新幹線を乗り継いで
6時間30分

 

飛行機で2時間弱

 

現代の移動時間を考えても
長い道のりです

 

薩摩藩の参勤交代の
記録によると

40泊~60泊くらい
かかったようですが

 

里帰りなど
望めるはずもない距離

篤姫は何を思い
篭に揺られたのでしょうか

 

今に姿を残す宿場町で
通りを眺めていると

そんなつきなみな思いが
心を過ります

 

 

明治天皇の行幸

札幌市にあった母の実家は

「行啓通」にありました

 

明治天皇が通ったので

行啓通です

 

母の実家のうらには

明治天皇が飲んだ水を
汲んだ井戸があり

 

戦前は毎年神主さんに
お祓いをしてもらったと
聞いていました

 

明治天皇が札幌を訪れたのは
明治14年のことです

 

当時の札幌というと
北海道庁の赤煉瓦庁舎も
なかった頃で

 

屯田兵が開拓した畑が
あるばかりでした

 

面白いのは
洋風ホテル豊平館が

建設されていたことです

 

日本最古の木造ホテルとして
現在は国の重要文化財になっていますが

明治天皇はこのホテルの
最初の宿泊者です

 

西郷隆盛が亡くなった
西南戦争が明治10年

 

その4年後に明治天皇は
東京から北海道まで
約1か月をかけて

行幸しました

 

当時の交通事情
社会情勢を考えると

この行幸は新生日本の
ひとつの象徴のように思え

 

ひたすら江戸を目指した
篤姫の旅とは
また違う趣があります

 

 

昭和天皇の行幸

私が初めて

昔の旅に思いをはせたのは

 

昭和29年の
天皇皇后夫妻の行幸を
知った時でした

 

それもあのカーリング
女子チームで有名になった

もぐもぐタイムの
チーズケーキ

「赤いサイロ」の街
北見です

 

北見は父の実家があり
私もよく訪れます

 

幼い頃は
札幌北見間が列車で7時間

列車に乗っている時間は
退屈で退屈で

仕方がなかったのを
思い出します

 

はるか東京から北見まで
列車の移動を想像するだけで

めまいがしそうな
大変さです

 

しかも当時は
人々が線路沿いに並び

天皇夫妻は立って
窓から手を振り続けたとか

 

第二次世界大戦後

終戦を迎えてから9年

 

沿道の国民に手を振りながら

やはり昭和天皇夫妻が
何を思っていたのか

そんなことを
考えてしまいます

 

 

旅に出よう

お話した三つの旅は

大変な労力と体力が
不可欠だったことは
想像ができます

 

それ以上に
何か突き動かすものや

大きな決心がなければ
出来ない旅だったのではないか

そんな想像が走ります

 

 

は置いておいて

 

車で飛行機で新幹線で
今は楽に旅が楽しめます

荷物も送ってしまえば
身軽に行けてしまいます

 

はじめての土地へ
見知らぬ人との出会いへ

時には知らない自分に会いに

 

大きな決心も使命も
いりませんから

あなたも旅に
でかけませんか?

 

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